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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)68号 判決 1992年12月15日

アメリカ合衆国テキサス州77017、ヒューストン、パーク・プレース・ブールバード8600

原告

テキサス・ペトロケミカルス・コーポレーション

代表者

ジョン・テー・シェルトン

訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

同 弁理士

社本一夫

野口良三

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

指定代理人

茂原正春

田中靖紘

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  申立て

1  原告

「特許庁が平成1年審判第12732号事件について同2年10月4日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  事案の概要

1  当事者間に争いのない事実

訴外ペトローテックス・ケミカル・コーポレーションは、発明の名称を「C4流体中からのイソブテンの分離方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、1980年10月23日のアメリカ合衆国出願に基づく優先権を主張して、昭和56年10月22日、特許出願をしたところ、原告は、上記ペトローテックス社から、本願発明に係る特許を受ける権利の譲渡を受け、昭和62年7月8日、その旨特許出願人名義変更の届出をしたが、平成元年4月13日、拒絶査定を受けたので、同年8月14日、審判の請求をした。特許庁は、この請求を同年審判第12732号事件として審理した結果、平成2年10月4日、上記請求は成り立たない、とする審決をした。

審決の理由の要点は、本願発明の要旨は、「1.主としてC4炭化水素類より成り、イソブテンとn-ブテンを含有し、該イソブテン含有量が0・5ないし60モル%である仕込流体からイソブテンの分離方法において、(a)該仕込流体を液相において30ないし80℃の反応器中の固定床のカチオン交換樹脂と接触させ、該仕込流体を0・5ないし12液体毎時空間速度で供給する、但し、該仕込流体は水および/又はt-ブチルアルコールを実質的に含まない;(b)イソブテンをC16炭化水素またはそれ以下の数平均分子量を有するそのオリゴマーを形成するように反応させ、該C4炭化水素とオリゴマーとより成り、かつ該仕込流体よりもイソブテン含有量が著しく小さい生成物液流を形成する;(c)該生成物液流を該反応器より取り出す;ことより成る該仕込流体からのイソブテンの分離方法。」(本願明細書の特許請求の範囲の項の記載と同じ。)であるところ、本願の出願日(優先権主張日)前に出願され、本願の出願日後に出願公開された特願昭55-117694号の願書に最初に添付された明細書(特開昭57-42639号公報参照、以下「先願明細書ロ」という。)に記載された以下の発明(以下「引用発明」という。)と同一であるから、特許法29条の2に基づき特許を受けられないとするものである。

すなわち、審決は、先願明細書ロには、イソブテン含有量の低いn-ブテンを得ることを目的として、n-ブテン留分を水又は/及び第3級ブチルアルコール(「TBA」ともいう。)の存在下に、マクロポーラス型陽イオン交換樹脂と接触させることにより、該n-ブテン留分中に含まれるイソブテンを重合して低重合体とし、ついでn-ブテン留分を分離することからなるn-ブテンの精製法に係る発明が記載され、該発明の実施例に対する比較例として、陽イオン交換樹脂を充填した縦型反応器に、イソブテン3・5モル%、1-ブテン48・9モル%、2-ブテン4・7モル%、ブタン類42・9モル%から成るC4炭化水素混合物を、水若しくは第3級ブチルアルコールを含まない状態で供給し、温度70℃、液時空間速度0・5、圧力15kg/cm2でイソブテンの低重合反応を行ってイソブテン含有量が0・1モル%に減少したn-ブテン含有留分を得る方法の発明、すなわち引用発明が記載されている(実施例1の反応操作に関する記載及び第1表中の実験番号10の反応条件を参照)とした上で、本願発明を引用発明と対比し、以下のとおり、両発明は同一であるとした。

<1>  本願発明は、イソブテン含有量の少ないn-ブテンを得ることも発明の目的としているものであるところ、引用発明もイソブテン含有量が低減されたn-ブテン留分を得るための方法であるから、両者は、イソブテン含有量の少ないn-ブテンを得るための方法である点で目的が共通する。

<2>  上記目的を達成するために採用している手段を比較すると、引用発明における被処理C4炭化水素混合物、すなわち、仕込流体のイソブテン含有量は3・5モル%であって、本願発明における仕込流体のイソブテン含有量である0・5~60モル%の範囲に包含されるものである上、引用発明におけるC4炭化水素混合物は水も第3級ブチルアルコールも含まないものであるから、両者は仕込流体の組成において一致する。

そして、先願明細書ロには、陽イオン交換樹脂を充填させた反応器にC4炭化水素混合物を供給して反応させる操作は、反応条件でn-ブテン留分を液相に保持できる圧力下に行うべきこと、及び、n-ブテン留分と陽イオン交換樹脂との接触は、通常、固定床式で行われるとの記載(前記公報3頁右下欄参照)があることからみて、引用発明の反応操作を説明している先願明細書ロの実施例1における、陽イオン交換樹脂を充填した縦型反応器を使用する接触操作は、陽イオン交換樹脂から成る固定床に液状のC4炭化水素混合物留分を供給する接触操作を説明するものと認められるところ、本願発明も、仕込流体を液相で反応器中の固定床のカチオン交換樹脂と接触させる接触操作を採用するものであるから、両者はカチオン交換樹脂を触媒として使用する点で一致するとともに、仕込流体と触媒の接触操作においても一致する。

加えて、引用発明で採用されている反応温度70℃、液時空間速度0・5v/hr/v及び圧力15kg/cm2という反応条件は、いずれも本願発明に採用されている温度、液時空間速度及び圧力条件を規定する数値範囲に包含されるものであるから、上記の接触反応を行うために採用される反応条件においても両者は一致する。

<3>  以上のとおり、イソブテン含有量が減少されているn-ブテン留分を得ることを目的とし、その目的達成のために本願明細書の特許請求の範囲に記載された方法を採択して構成されている本願発明は、引用発明と目的及び構成において一致するから、両者は同一発明である。

そして、本願発明の発明者が、引用発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願時において、その出願人が前記特願昭55-117694号出願の出願人と同一であるものとも認められないから、本願発明は、特許法29条の2により特許を受けることができない。

2  争点

本件の争点は、本件審判手続に、特許法159条2項で準用する同法50条に違反する違法があるか否かである。

(1)  争点に関する原告の主張

引用発明については、拒絶理由通知を受けていない。

特許庁は、本件出願に対し、昭和63年7月21日付けで、特願昭55-117693号の願書に最初に添付された明細書(特開昭57-42638号公報参照、以下「先願明細書イ」という。)及び先願明細書ロを引用し、「上記各引用出願の明細書中には、C4炭化水素留分をカチオン交換樹脂と接触反応させ、該C4炭化水素留分中のイソブテンをオリゴマー化することによってイソブテンの含有量を小さくすることが記載されて(いる)・・・」との意見を付した拒絶理由の通知をした(甲第8号証、以下、この通知書を「本件拒絶理由通知書」という。)。そこで、原告は、平成1年2月23日付け意見書を提出するとともに、同日付けで手続補正書を提出し、発明の名称及び特許請求の範囲の記載を補正したところ、特許庁は、平成1年4月13日付けで前記拒絶理由通知と同一の理由で拒絶査定をした(甲第9号証)。そこで、原告は、審判を請求するとともに、平成1年9月13日付けで特許法17条の2第4項に基づき手続補正書を提出して特許請求の範囲の記載を補正したところ、特許庁は新たな拒絶理由通知を発することなく、要旨、前記内容の審決をした。

しかし、本件拒絶理由通知書において拒絶理由として示された発明は、いずれもイソブテンの重合工程に水及びTBAが存在する方法であり、引用発明を含むものでないことは、以下に述べるとおりである。

まず、先願明細書イ及びロに記載された発明においては、イソブテンを含有するC4炭化水素混合物からイソブテンを水と反応させてTBAとして除去したあとのn-ブテン留分中の残留イソブテンをマクロポーラス型陽イオン交換樹脂で重合させるものであるが、この重合工程に関し、先願明細書イには「・・・n-ブテン留分には適度なTBAおよび水が存在しており、イソブテン低重合工程における触媒活性劣化の防止と選択率の向上の役割を果たしている。」(2頁右下欄4ないし7行)と記載されており、上記重合工程で第3級ブチルアルコールと水が存在する方法であることは明らかである。また、先願明細書ロに係る発明は、その特許請求の範囲の記載からも明らかなように、n-ブテン留分を水又は/及び第3級ブチルアルコールの存在下にマクロポーラス型陽イオン交換樹脂と接触させることにより、n-ブテン留分中に含有されるイソブテンを重合させ分離する発明であり、これもイソブテン重合工程に水又はTBAないしその両者が存在するものである。

これに対し、引用発明は、先願明細書ロ記載の発明の比較例として記載された発明であるところ、比較例とは、発明が解決しようとする課題を示す従来技術による例であり、技術的課題を解決した発明(明細書が本来開示しようとする発明)と対比的に示され、効果のないものとして記載されたものであって、課題を解決するための手段から意識的に除外されたものである。これを先願明細書ロの記載に即してみると、引用発明に関する記載は「比較のために水若しくはTBAを存在させない場合・・・についての実験結果を比較例として第1表に併記した(実験番号9~12)。」とあるのみで、しかも、その比較実験例も、水及びTBAのいずれも存在しない例は比較例9及び10のみである上、反応条件が本願発明と重なりあうものは比較例10、すなわち引用発明のみであり、さらに、引用発明自体についてみても、実験データとして記載されているものは、反応開始24時間後及び反応開始7日後の2つのケースだけで、この実験結果も、確かに反応開始24時間後では他の実施例と同程度にイソブテンを除去できているが、反応開始7日後ではイソブテン含有量が2・51モル%もあり(23・3%しか除去できていない。)この反応開始7日後のデータから、引用発明は実施例と比較して、短時間に触媒が劣化し、従って劣るものと断定しているのである。そもそも、先願明細書ロには、「石油化学製品の原料とするn-ブテンとしてはイソブテンの含量を極めて低くする必要がある。また、イソブテンの低重合化反応を行う固体触媒は、触媒寿命が短いという問題がある。」(甲第6号証2枚目左上欄7~9行)と記載してあるように、イソブテンの低重合化反応によるイソブテンの除去は、理想としては全てのイソブテンの除去を目指しているのであり、多量のイソブテンが残留してしまうような方法は使い物にならないのである。このことは、本願発明においても同様である。したがって、本願発明と同様に「イソブテンの含有量を小さくする」ことが記載されているという以上、ある程度長期間に亙り、イソブテン残量がほとんどない状態であることが示されていなければならないところ、引用発明がかかる発明に該当しないことは比較例としての位置づけからも明らかである。また、先願明細書イには、引用発明のように水及びTBAのいずれも存在しない発明の記載はなく、先願明細書ロと共通する発明は、マクロポーラス型陽イオン交換樹脂(カチオン交換樹脂の一種)とn-ブテン留分(C4炭化水素留分)を接触させてイソブテンを低重合させるという反応において、水又はTBAのいずれか又は両者が存在する方法であって、これ以外に両者に共通する発明は存在しない。そして、この方法において、イソブテン低重合工程の反応条件は、反応温度、LHSV共完全に共通しているのであり、本件拒絶理由通知書が「C4炭化水素留分をカチオン交換樹脂と接触させて、該C4炭化水素留分中のイソブテンをオリゴマー化することによってイソブテンの含有量を小さくすることが記載されて(いる)」というのは、かかるイソブテンの低重合反応に関する方法のことであり、審決が「反応の条件(温度、LHSV)も本願発明と格別異なるところはない」とする反応条件は、上記の共通する反応条件をいうものである。したがって、本件拒絶理由通知書が、先願明細書イ及びロに共通して「イソブテンの含有量を小さくすることが記載されて(いる)」という以上、両明細書において、各先願発明が意図する程度の「小ささ」を意味しているものと理解する他はないところ、具体的にいかなる程度のイソブテン含有量が許容範囲であるかをみると、先願明細書イに「通常はイソブテンの含有量が、n-ブテンに対して0・5モル%以下、好ましくは0・3モル%以下となるように適宜選択する。」(甲第7号証232頁左下欄下から3行ないし右下欄2行)との記載等からすると、前記の「イソブテンの含有量を小さくする」とは、少なくともn-ブテンに対して0・5モル%以下となるようにすることが両先願明細書に共通に記載された量であるとみるのが相当である。

したがって、前記のように、本件拒絶理由通知書は「イソブテン含有量を小さくする」発明を引用したところ、引用発明はかかる発明に該当しないから、これが本件拒絶理由通知書で引用されたことにならないことは明らかである。

(2)  被告の反論

本件拒絶理由通知書において先願明細書イ及びロを引用した上、原告指摘の前記記載を付記した事実は認めるが、原告の主張はいずれも前提を誤るものであって、失当である。すなわち、先願明細書ロは水の存在下にイソブテンの重合工程を実施する発明であるとは特定されていないから、原告の主張は前提において誤っている。すなわち、拒絶査定に引用された先願明細書ロは、水及びTBAが存在しない引用発明を包含しているのであり、この引用発明を本願発明と同一発明として引用したものであるから、審決において新たに引用発明を拒絶理由として引用したものではない。

原告は、本件拒絶理由通知書の「イソブテンの含有量を小さくする」との記載は、ほとんどイソブテンが残留していない程度に減少させるとの趣旨に理解すべきであるとし、引用発明はかかる方法に該当しないから、拒絶理由通知書で引用された先願発明に該当しないと主張する。しかしながら、本件拒絶理由通知書には、原告主張のように「ほとんどイソブテンが残留していない程度に減少させる」との意味で「イソブテンの含有量を小さくする」と記載したことを窺わせる記載はないから、原告主張はその前提を誤っており、失当である。

仮に、「イソブテンの含有量を小さくする」との趣旨が、原告主張のとおりであるとしても、比較例10において、反応開始7日後近くまで、若しくは最小にみても24時間経過後までは原告が主張するように「ほとんどイソブテンが残留していない程度に減少させる」ものであるから、反応開始24時間後まではいわゆるC4炭化水素の分離精製目的のために用い得る技術であることは明らかである。

第3  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

第4  争点に対する判断

先願明細書ロに前記審決の理由の要点に摘示した引用発明が記載されていること、並びに本件拒絶理由通知書が、先願明細書イ及び同ロを引用した上、「上記各引用出願の明細書中には、C4炭化水素留分をカチオン交換樹脂と接触反応させ、該C4炭化水素留分中のイソブテンをオリゴマー化することによってイソブテンの含有量を小さくすることが記載されており、・・・」との記載を付記していた事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、検討するに、当事者間に争いのない先願明細書ロの引用発明に関する前記記載をみると、そこに引用発明の構成が当業者において容易に実施できる程度に記載されていること自体は原告においても明らかに争わないところであり、原告の主張は、要するに、先願明細書ロに前記のように記載された比較例である引用発明も特許法29条の2第1項にいう「・・・願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明」に当たることを前提として、この比較例が本件拒絶理由通知書に記載されていないという点にある。しかして、成立に争いのない甲第2号証の2及び同第3ないし6号証によれば、審決認定のとおり、本願発明と引用発明は同一であると認めることができる。また、前記の争いのない事実によれば、本件拒絶理由通知書において示された拒絶の理由は、本願発明と先願明細書イ、ロに記載された発明は同一であるとする点にあることは明らかであるところ、水及びTBAのいずれをも含まない発明で本願発明と反応条件を同じくするものは先願明細書ロに記載の比較例10、すなわち、引用発明であることは前記認定のとおりであるから、本件拒絶理由通知書が引用発明を引用していることは明らかというべきである。

そこで進んで、原告主張のように、本件拒絶理由通知書において引用発明を除外していると解する特段の事情があるか否かについて検討する。

まず、原告は、引用発明は、先願明細書ロ記載の発明の比較例として記載された発明であり、明細書が技術的課題を解決したものとして本来開示しようとした発明と対比された効果のない発明として意識的に除外された発明であるから、たとえ記載されていたとしても、これを引用したことにはならないと主張する。

前掲甲第6号証によれば、確かに、引用発明は、先願明細書ロの記載中においては、比較例として記載されたものであることが認められるところ、比較例が当該発明の実施例に比して効果の劣る従来技術に基づく発明を記載したものであることは原告主張のとおりである(4頁左欄末行ないし右欄4行及び同頁第1表)。しかしながら、引用発明が比較例として上記のような位置づけを付与された発明であるとしても、引用発明が特許法29条の2第1項の先願明細書に記載された発明に当たるか否かについては、引用発明の構成が当業者において容易に実施できる程度に記載されているか否かの問題であり、引用発明が本願発明と同一発明であるとして引用されていることは既に認定したとおりである。したがって、引用発明が比較例であることを理由とする原告の前記主張は採用できない。

次に原告は、本件拒絶理由通知書には、「上記各引用出願の明細書中には、C4炭化水素留分をカチオン交換樹脂と接触反応させ、該C4炭化水素留分中のイソブテンをオリゴマー化することによってイソブテンの含有量を小さくすることが記載されて(いる)・・・」と付記されているところ、「イソブテンの含有量を小さくする」という以上、ある程度長期間に亙り、イソブテン残量がほとんどない状態であることが示されていなければならないところ、引用発明はかかる発明に該当しないから、本件拒絶理由通知書において引用されていないと主張する。なるほど、前掲甲第6号証によれば、前記のとおり本願発明と反応条件が同一であるところの比較例10をみると、当初3・5モル%であったイソブテンが、反応開始24時間後では、0・10モル%、反応開始7日後では2・51モル%であるのに対し、実施例においては、反応開始7日後においても0・05ないし0・16モル%であることが認められる。この事実によれば、確かに、引用発明においては、先願明細書ロの特許請求の範囲に記載の発明に比較してイソブテン含有量の低下が反応開始7日後において劣ることは明らかであるが、当初の含有量に比べてイソブテンの含有量が小さくなっていることは否定できないところである。そして、本件全証拠を検討しても、本件拒絶理由通知書に記載された「イソブテンの含有量を小さくする」とは、先願明細書ロの実施例に記載の程度をいうものと限定して解釈する根拠は認め難いことからすると、引用発明が前記の本件拒絶理由通知書に付記された場合に当たらないと解することはできないものというべきである(なお、本願発明は「イソブテン含有量が著しく小さい生成物液流を形成する」ことをその構成要件としているが、「著しく小さい」との記載は抽象的であり、特許請求の範囲の記載においてこれについて何ら限定を付していないから、引用発明が「イソブテンの含有量を小さくする」ものであっても、本願発明との同一性が否定されるものではない。)。

原告は、先願明細書ロには、「石油化学製品の原料とするn-ブテンとしてはイソブテンの含量を極めて低くする必要がある。また、イソブテンの低重合化反応を行う固体触媒は、触媒寿命が短いという問題がある。」(甲第6号証2枚目左上欄7~9行)と記載してあるように、イソブテンの低重合化反応によるイソブテンの除去は、理想としては全てのイソブテンの除去を目指しているのであり、多量のイソブテンが残留してしまうような引用発明は使い物にならないから、本件拒絶理由通知書において引用されていないと主張するが、先願明細書ロにおける引用発明の位置づけの問題と本願発明と同一の発明が先願明細書ロに開示されているか否かを問題とする本件拒絶理由通知書における記載の解釈の問題とは自ずから性質を異にする問題である上、本件拒絶理由通知書における前記の付記を原告主張のように限定して解釈する根拠は見いだし難いから、原告のこの点に関する主張も採用できない。

また、原告は、引用発明は、先願明細書イ及びロに共通して記載されている発明とはいえないから、引用発明は両先願明細書を併記する本件拒絶理由通知書が引用している発明に該当しないと主張するが、本件拒絶理由通知書の前記記載を原告主張のように、両先願明細書に共通して記載された発明のみを引用したものと限定して解釈する根拠はないから、前記主張はその前提を誤るものであって、採用できない。

そうすると、原告の主張はいずれも採用できないから、審決には、特許法159条2項で準用する同法50条に違反する違法があるとはいえない。

第5  結論

以上のとおり、本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濱崎浩一 裁判官 田中信義)

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